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「表」論なるもの

2016.01.20

こんにちは。R-STORE『ハンサム』浅井です。

新建築の1月号にBOOK AND BED TOKYOが掲載された。建築関係者なら共感していただけると思うが、学生の頃から読んでいた「あの」新建築である。ありがとうございます。とてもうれしいです。設計はSUPPOSE DESIGN OFFICE。谷尻さん流石だな、と。

嬉しい反面その中でどうしてもスルー出来ないことがあったので、ここに書くことにした。

浅子佳英さんという方がBOOK AND BED TOKYOを評して「投資コストや法的な視点からベッドの台数、水回りの配置がきめられていて、そういう意味で仕方がないのでしょうが、写真でよく見ると本棚とベッドの部屋はよいとして、奥のベッドとシャワーブースはデザイン的な特徴がなく残念です。おしゃれ漫画喫茶という感じでしょうか。」とコメントされていた。

最後の一文になかなかのディスりの意図を感じるし、批判的な論調であることは明らかなのだが、このまま言われっぱなしなのも気分が悪いので、ここに書かせてもらいたい。

僕は事業家なのでここから先のコメントは事業家として営利目的の事業を行う場合の前提で言わせてもらう(つまり個人邸や公共建築では考え方が異なるので、これから僕が述べることは当てはまらない)が、まずコストを考えなければそもそも事業化できない。法令の制限を無視すれば事業は存続ができない。事業が存続できなければ会社は続けることができない。だからコストと法令を遵守しつついかに魅力的な空間をつくっていくかということは我々事業会社が行うデザインの大前提なのである。前述の浅子氏の「投資コストや法的な視点から・・・(中略)・・・仕方がないけど・・・(中略)・・・残念」というコメントはあまりにも営利会社が行う事業という行為に対する理解を欠いているといわざるを得ないし、裏を返せば「コストや法令を考えなければもっと良いものができただろうに」と言っているに等しい。クライアントのお金を預かるプロのコメントとしていかがなものか。

「デザイン的な特徴がない」ことが悪であるかのような評論も違和感を禁じ得ない。要するにこの方にとってデザインとは表層的な造形による特徴付けであるということなのだろう。僕は谷尻さんに、あの事業の収益を最大化するためにデザインをお願いし、それに応えてもらった。だから「デザイン的な特徴がない」デザインも、事業としては必要不可欠なものだったのだ。言うなれば谷尻さんには「事業のデザイン」の一部にも手を貸してもらったと思っている。真意はわからないが、少なくとも浅子氏の短いコメントからは、谷尻さんのような意識は微塵も感じ取ることはできないし、むしろ投資コストの制限はデザインの幅を狭める悪だと信じているように見受けられる。どちらが事業家にとって信頼できるデザイナーなのかは、言わずもがなだと思うが。

まあヒートアップして書いてしまったが、「写真でよく見ると」いう言葉から、現場は見ずにコメントしたと推察されるので、短いコメントでもあるし、適当にさらっと言っただけなのかもしれない。そして冷静になってみると評論というのはそういう性質のものなのかもしれない。野球評論家が選手全員のことをよく知っているわけではない。きりがないから目に見えるものと自分の知識で判断して言語化する。「本があって寝る場所がある空間はまんが喫茶である」という知識や経験しか持ちあわせていない人にとっては、BOOK AND BED TOKYOはおしゃれな漫画喫茶に見えても仕方が無い。それが違うということは、泊まってみないとわからないし、泊まってみれば必ずわかる。夕飯を自宅で食べ終えシャワーも浴びて、その上であの空間を楽しむためにわざわざ近くの家から泊まりにだけ来てくれる方もいるのだ。漫画喫茶でそんなことがあるだろうか。でもそれは写真からは伝わらないから仕方がない。時間がなければ現地にも行かず写真だけからでも判断し、言葉を紡ぎださなければならないのが評論というものなのだ。つまり評論ではなく「表」論なのだ。うん、我ながらうまい。そう思えば腹も立たない。そして、僕がつらつらと書いた浅子氏に対する印象もまた表論であるし、ちゃんと話し、体験してもらえれば僕らの意図も理解していただけると信じたい。

では。

R-STORE浅井

 

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