R-STOREが選んだ、ひとくせR人達の新しいBLOGコミュニティーサイト。隙間時間にでも、ゆる〜くお楽しみください。

理性と本能。

2017.04.11

本能と理性というものがある。本能とは動物のそもそも備わっている欲求のようなもの。理性とはそれをコントロールする力と言えるだろう。

営業の本能とは何だ?売上を上げることだろう。売上を上げるためならなんでもする。どんなこともする。それが営業の本能である。本能に忠実であればあるほど、きっと詐欺的なことも、騙すようなことも、押し売るようなこともするはずだ。お金をいただくために強引なこともする。ただし、そのうちの幾つかの行為は、違法行為であり、刑罰の対象であり、そこまではいかなくても、関わった人に不快な思いを抱かせるものである。

だから、営業職という人様からお金を頂戴する人こそ理性的でなくてはならない。ちゃんとしたサービスを提供して、その対価として気持ちよく売上を計上させていただかなくてはならない。売上あげるためになんでもするというのであれば、それは動物と同じだ。

ただ「理性的である」基準というのは、また人それぞれですり合わせるのは難しい。「違法でなければ良い」と考える人もいれば、「お客様が少しでも眉間にシワを寄せれば、それはNG」という人もいるだろう。会社には多くの種類の人間がいて、振れ幅も多様である。

では、そのときに「理性」の基準を営業マンそれぞれにまかせていたとしたら、まあてんでバラバラの会社になるのは目に見えているわけで、それを営業マン個人のモラルに任せるというのは、どう考えても会社として間違っている。もちろん、自然とその基準が一つになって、何も言わずとも全員が同じ意思を持って行動しているとなれば、それは素晴らしいかもしれないけど、過去も未来も永遠にそんな企業はあらわれないだろう。

つまりモラルの基準を設定しなければいけない。会社のポリシーとも言える。「僕たちはこういう企業を目指す」、「押し売りはしない」とか、そういった基準をつくる。それは管理職の仕事だ。それこそが管理職の仕事だ。みんなの目指すべき方向性を定める。みんなそれを守る。それは正しい。規律のある企業だ。まずはそれを目指す。

では、ある営業マンによって、それを逸脱する、でも革新的で、お客さんも喜び、かつ売上が従来以上に上がる手法が編み出された場合はどうだ?会社を今以上に成長させる販売方法を編み出したらどうだ。「それは俺が想定していなかったからダメだ。」、もしくは黙殺してミスがあったら、営業マンを責める。そう言う企業は誰しもが堅苦しく思うし、良くないとおもうだろう。でも、実際はそういった企業がほとんどだ。社員の新しいチャレンジを認めない。認めない方が管理が楽だからだろうか、リスクが少ないからだろうか。その通りだろう。でも、そんな企業の未来は今の延長線上にしか描けないし、ジャンプアップはできない。

僕たちはベンチャーだ。資産も権威も政治力もない。じゃあ、あるのは何だ?ジャンプアップしたいという欲求と、集まっている人材と、革新を認める風土じゃないのか?

僕と取締役は経営者として、マネジャーは管理職として、その新しいチャレンジを認める懐を持たなくてはダメだ。リスクがあるのであれば、それを取り除き、できるだけ本能のままに羽ばたかせてあげるのこそが、僕たちの仕事じゃないのか?その責任を負うからこそ管理職じゃないのか?今の形式を守るだけで営業マンを羽ばたかせないのが管理職だとしたら、管理するだけの管理職だとしたら、そんなのクソみたいにつまらない仕事だ。

R-STOREの管理職は、自分たちこそが楽しんでいる管理職でありたい。そんなことを考え続ける最近である。

浅井

OTHER ARTICLES

PAGE TOP