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元R-STOREスタッフが聞く「R-STOREの仕事」

2018.06.18

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写真左:丸山あゆみ / 右:秦美咲
現在R-STORE / アールストアでは、不動産賃貸営業を募集しています。
不動産営業って実際どうなの?本当に未経験でも大丈夫なの?働くことに関して色々疑問があるかと思います。そんな疑問にお答えするため元・スタッフとして3年5ヶ月在籍した秦美咲さんが、現在不動産営業チームマネジャーとして働く丸山に、これまでの経歴や「R-STORE / アールストア」で働くことについて話を聞きました。
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秦美咲
1988年生まれ福岡県糟屋郡出身。
都内のリノベーション会社に勤務後、2013年アールストアに入社。賃貸仲介の営業として従事し、2017年に退職。
その後、埼玉県北本市にて雑貨店sent.をオープンし、現在は神奈川県小田原市に移転。海と山とお城の近くに住む。

丸山あゆみ
1988年長野県安曇野市出身。
山梨県の結婚式場でウェディングプランナーとして務めた後、2014年アールストアに転職。
現在は不動産営業チームのマネジャーとして勤務。趣味はライブ通い。
担当物件一覧


太字:秦美咲細字:丸山あゆみ

- 元同僚なので知ってることも多いけども、改めて丸ちゃんにインタビューするとなると、出身地とかからですかね?
いや、生まれた時からの話を聞いていくということで。

え、そんなボリュームあるの?!びっくりした(笑)。

そんなボリュームらしいです(笑)。生まれも育ちも長野だっけ?

長野の安曇野市で生まれて高校までは長野で育って、大学からは山梨の甲府市で過ごしました。
で、卒業後はそのまま山梨の結婚式場に就職して、2年8ヶ月くらい勤めました。

結婚式場ではなにをやってたの?

最初入社1年目はロビーの仕事です。

結婚式場ってその、よくある、結婚式をするためだけの場所みたいなとこ?

専門式場兼バンケット貸しみたいなことをしていて。 

バンケット貸し…?

会場貸しみたいな。例えば、大きな会議とか、あとはお葬式場も併設されてたのでその四十九日とか。そういうお客様の受付を最初はしていて。それをやりながら、婚礼のサービスをやりつつ、花嫁さんをサポートする介添えという仕事もやっていました。1年目がそれをやって、2年目はプランナーに。

だいたいみんなそんな流れでプランナーになるの?

いや、私は運良く異動させてもらえたかな。プランナーは花形なので。ずっと現場で終わる人もいれば、わたしはたまたま現場からプランナーに選んでもらえて。そっちで1年8ヶ月やりました。

元プランナーっていうR-STOREスタッフって多いよねぇ!
大学のときから、そういうのをやりたいって思ってたの?

あ、大学のときはずっとホテルの仕事がやりたかったんですけど。

 へー!なんでなんで?

ホテルって、なんか接客業のサービス的な頂点っていうところがあって、こう、お客様をその空間で満足させてあげるというのに憧れてて、やりたいなって思ってて。

興味をもったのは自分が体験してとかなの?

そうですね。そういうのもあって。けど、ホテルは夜勤があるので、夜勤が気持ち的にも体力的にも無理だと思って…(笑)。で、大学の時から結婚式場のレストランウェディングでアルバイトをしていたので、そのまま結婚式の仕事をやりたいなぁって思って、山梨の中では大きめというか、昔からある割と有名な会社に就職しました。

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なるほど。そこで2年8ヶ月ね。その仕事の時はどういうことが楽しかったの?

結婚式の仕事は特に、一生に1度のことだし責任感もあって。お客様との打ち合わせも長い人だと半年くらいお付き合いがあって仲良くなったり、結婚式の当日の披露宴でわたしに向けてサプライズをしてくれるお客様もいたり。密度が高くて感動ができる仕事だったので、プレッシャーもすごいですがやりがいがありましたね。なんかこう、ひとつの形にしていくのが面白かったかな。

お客様と、っていうところでいうと、R-STOREの仕事って結構期間は短いよね。

うん、割と短いですね。

そこはわたしの場合、ちょっと物足りないなぁって思っちゃった。1度長い付き合いの仕事を経験してると、なんか寂しいなぁって思っちゃうところがあったかな(笑)。

そこに重点を置く人もいますよね。

そうだね。丸ちゃんはそもそも大学から突然ホテルとかに憧れはじめたの?

んー、なんだろ、わたし高校のときに野球部のマネージャーをしていて。

へー!意外!!

その時に接待してたんですよ。練習試合があった時に相手の監督にコーヒーを出したり。おもてなしみたいな。その辺からですかね。

中学校は?あ、そうだ丸ちゃん卓球部だったね。強かったんだよね。

ちなみに、中1までは漫画家になりたかったんです(笑)。絵を描くのがすっごくすきで。

丸ちゃんうまいもんね!一度はみんな通る夢だよね〜。中学の時の部活ではどんなことしてたの?

中1の時は美術部に入ってたんですけど、本当にだらけた部だったので、中2の時に一目惚れした人が卓球部だったので転部しました(笑)。でもレギュラーにまでなって、最後は団体戦で北信越大会までいきました。

一目惚れ強いなぁ〜(笑)!

一目惚れの想いをもちながらも、卓球にガチで励みましたよ。

その人とは入部後関わりはあったの?

関わりは徐々にあって、告白もして(笑)。振られたけども、でも今でも仲が良いです。

まぁ動機がそういう時ってあるよね〜。卓球やってた時何が楽しかった?1番の思い出とかってある?

ありますよ!中3の最後の地区大会の時に、決勝でわたしが勝ったら優勝だったんですよ。団体戦で。卓球ってフルだと5セットなんですが、3セットとったら勝ちなんですよ。で、2セット先にとってたのに、その後2セットとられて最後の5セット目になって。追い込まれたんですけど、もう周りの音が聞こえないくらい集中してて、最後ネットに引っかかって通ったんですよ!

やばい!感動的すぎる!!

それで優勝して。それが1番感動的だったかな。

あと、地域の卓球が強くて、部活以外でも公民館みたいなところでわたしよりも強い人たちに混じって卓球してましたね。それまでスポーツの経験って体育以外ほとんどなくて、習い事もピアノやってたけど続かなくて。絵もまぁ諦めつつあったから、自分がすごい卓球に打ち込めたってことが楽しかったかな。

集中できた、ってののが楽しかったんだねぇ!あれ、長野って体育でスキーあるんだっけ?

わたしのところはすぐ近くに山がないのでなかったんですけど、小学校のときは年1とかでありましたね。スキー教室。けどわたし本当にスポーツが苦手だったから、体育とかもさぼってたんですよ〜。

えー!わたしの中では丸ちゃんの社員旅行での卓球での勇姿のイメージがあるから、めっちゃ体育会系かと思ってた(笑)

本当に体育が嫌いすぎて…よく卓球やったなって感じです(笑)。

じゃあ、丸ちゃんの根性というかガッツみたいなのは卓球からなんだね!で、高校からは野球部のマネージャーと。
なんで卓球じゃなくてマネージャーにしたの?

もう卓球はいいかなって…。あと、マネージャーをやりたくって。高校野球って、夢があるスポーツだなって。

高校のマネージャー時代は何が楽しかった?思い出とかある?

んー、あ。最初マネージャーが5人いたんですよ、わたしの代で。ちなみに、選手も5人で(笑)。入部した時にマネージャーは3年の先輩しかいなくて、3年生って夏の大会で引退するから、秋の大会からはもうベンチ入りができて。で、わたし秋の大会からベンチ入りしたんです。そこもバトルがあるわけで。最終的にはマネージャーは3人になりましたが。

そっか、マネージャーもベンチ入りとかあるんだね。

辞めたいって思ったこともあるんですけどね。2年生の先輩にいじめられて胃腸炎とかにもなって。結局最後まで続けたんですけど、本当に辞めたいと思って監督に話にいった時に、陰徳って言葉を知ってるか、と。陰で努力していれば、表立って見えなくても絶対力になるから最後までやって欲しいと言われて、その言葉をきっかけに最後まで頑張りました。

きつい時もあったんだね。楽しかった思い出とかはないの?

わたし、マネージャーの仕事の中で一番、試合のアナウンスが好きだったんですけど。

ウグイス嬢!あれってマネージャーがやるんだ。

そうですよ。高校生はみんなマネージャーがやってて。1回、オリンピックスタジアムでやったのが最高に楽しかったですね!音の響きが全然ちがう。

それテンション上がるね〜!

部活はすごい厳しかったので、礼儀とか色んなものを学んだかな。野球部だと夏の大会と被って文化祭に出れなくて、本当に高校の思い出は野球部しかないですね。

次は大学かな。大学はどんな感じだったの?

大学はバイトをしまくってましたね、色んな。

例えば?

まず、ケーキ屋さんで。その時の家の大家さんの知り合いのケーキ屋さんがバイトを募集してるからと、そのコネで。3ヶ月くらいやったかな?そのあとほか弁で1年くらい。自分で言うのもなんだけど、わたし看板娘みたいになってて。地元の情報誌に載ったり、結構楽しかったですね。けど週6で働いてたので激務すぎて辞めて、それを辞めた後は映画館で1年くらい。単純に映画が好きだったので。その後に、レストランウェディングで1年くらい働きましたね。

めっちゃ色々やってるね(笑)!そこから結婚式場に新卒で就職、と。
わたし結婚式したことがないからわかんないけど、何人くらいが関わってるものなの?

わたしがいたところは分業制で。営業がいて、プランナーがいて、現場のスタッフがいてという形で分割されていて、チームプレイという感じでしたね。主に1組に4人責任者がついて、あと衣装さんがついて、ですかね。

そこを辞めて、山梨から東京に上京してきたと。

その結婚式の仕事はすっごい好きだったんですけど、土日が絶対に休めないっていうのと、割と昔からある地元の会社で女性が多かったからか、みんな会社を良くしていこうというよりは早く結婚して辞めたいなって人が多くて。

その2つが大きかったんだね。あ、あとライブに行きたかったんだよね(笑)。

そう、ライブに行きたかったんです(笑)。好きなバンドのライブに。

もっとこうなりたいとかの明確な像はなかったけど、何かこう危機感があったんだね。

そう、なにか危機感はありましたね。会社の雰囲気も好きになれなくて…。あとその、サービス業の限界みたいなものを感じて。20代前半までだなって。給料もすっごい低くはないけど、昇給はほぼなくて入社してずーっと変わらないし、残業代も上限が決められて、もちろん有給もとれない。

先が見えない、と。

楽しいけども、これをずっと30過ぎてまでやってて良いのだろうかという不安もあり…。

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それで出ようと決めたんだね。で、そこからどうやって仕事を探したの?

ゆるゆるなんですが、転職活動を4,5ヶ月くらいしてたんですけど。

全部東京?

そう。最初全然定まってなくて、受けながらどういうところがいいか決めていったというか。

結構受けてたんだよね?そこらへん割と行動的だね!

基本的に休まないんでわたし(笑)。動きながら考えるというか。

で、その中のひとつがR-STOREと。

ひとつ、他の不動産会社で採用の連絡は受けてたんです。けど、未経験だったから事務だったら採ります、と。でも、東京に行って事務やって、何するんだろうわたし…って。

その後にR-STOREを受けたの?

とりあえず、そのお返事を保留にしながらR-STOREを受けましたね。

- 元から営業がやりたかったの?

営業に限ってなかったんですけど、究極を言うと、自分のライフスタイルが叶う仕事がしたかったんですよ。

あぁ、なるほど。土日休めるというかライブに行けるとか、好きなことができる時間とかね。

あと、前の会社がすごい古い体質で本当に融通が利かなかったので、若いチームで、自分からやっていける自由な社風のところでやりたいなって。

自分の動きが会社に直結するようなね。不動産にも元々興味があったの?

不動産には全然興味がなかったんですよ。だから、辿り着いたって感じです。

- どっちかっていうと、働き方とか会社の規模感がマッチしていたんだね。

だから、すごい探すの大変だったんですよ。

そうだよね、不動産に興味がなかったら入口が難しいよね。結構R-STOREって、不動産とは関係ないところからくる人が多いよね。わたしは普通に不動産からの流れだったので、最初は驚きました。

結婚式も不動産も、どっちもこう人の人生に関わる仕事でもあるから、その辺りもポイントだったのかな。でも割とふわっとしてましたね(笑)。

働き方って大事だよね。わたしも前職は平日しか休みなくて、このままじゃ友達いなくなる…って危機感ありました(笑)

前の会社の時は休みが火曜だったので、だいたい会社の人と遊んでましたねぇ。

今もそうじゃん(笑)。でもまぁ、ライブ行ったり、自由に休みが調整できるもんね!

そうそう(笑)!

でもまぁ、わたしと丸ちゃんが入社した時くらいって、まだまだ会社の規模が小さくて、色んな体制が整ってない時だったよね。

会社が出来て4年半くらいの時ですかね?

ちょうど人が増え始めた時くらいだよね。半年くらいの間に今の主要メンバーが入社してて、わたしが入社した1ヶ月半後に丸ちゃんが入社してきんだよね。当時は最年少だったのに、気づいたら…ね(笑)。

入って1年目は人生の中でトップ10に入るくらい辛かったです…

いやぁ辛かったよね…(笑)。具体的にどの辺が辛かったとかある?

まず、今みたいに制度が整ってなくて、トップダウンの状態で。自分が何がわからないかもわからないままとりあえずやる、みたいな感じで…。

わかる。とりあえず自分で考えてやるしかない、みたいなね。

あとわたし、R-STOREに転職するタイミングで東京に出てきたので、電車移動に慣れてないのと地理がわかんなくて。最初それが大変でした…。

マネジャーの制度ができたのって、目黒にオフィスが移ってからくらいだっけ?

こっちに来てからだから、3年前の4月か5月くらいだったかと。

みんな同じプレーヤーの位置だったから、聞くのはなんだか申し訳ない…って感じはあったよね。すっごい辛かった時、辞めようとは思わなかったの?

入ったのがちょうど不動産の繁忙期だったので、3ヶ月目で目標をクリアしてストレートで正社員になれたけど、そこからずーっと成績悪くて…たぶんその、東京の生活と仕事のハードさで体調を崩して倒れて、救急車で運ばれて。

それが入社して半年くらいだっけ?

5月だったので半年くらいかな?その時は、次に入院したら辞めようと思ってました(笑)。
そこからも売上が伸びなくて、メンタルが破壊された状態でやってたけど、そこから1年くらい経って、2年目の春過ぎくらいからは良くなってきたかな。

いや、繁忙期くらいから良かった気がするけどね!
売上上がったのって、具体的にどういうところが変わったとかある?

なんですかね…上がり始めた時は、大野さん(R-STORE歴が1番長い先輩)とかに相談してたんですけど、別に死ぬわけじゃないし、この仕事を絶対やらなきゃいけないわけじゃないんだから辛ければ辞めれば良いし、っていうアドバイスを受けて、心のつっかえをとってもらって。もうどうにでもなれみたいな気持ちになって、ちょっと吹っ切れてからから徐々に上がってきて。

あれだね、1年目はさっき聞いた高校2年生の時と同じような状態だね(笑)。

ですね(笑)。わたしとしては、高校の部活がほんっっとに辛かったんで、あれよりも辛いことはないと思っていて。

それよりも大丈夫だったから続けられたと(笑)。

それもありますね(笑)。あとはその、岸田さん(当時のチームマネジャー・現取締役)とかがサポートしてくださったり、物件自体のチョイスも徐々に良くなってきたり。

その辺りから楽しくなってきたと。

そうですね。2年目が1番楽しかったかなぁ。なんかね、勢いづいてた!わたしが2年目の夏に南郷さん(元チームマネージャー)たちが入ってきて、ライバルじゃないけど、そういう距離感でやってたから士気が上がってたかな。

特に南郷さんとか、入ってすぐ売上てたしねぇ。

家も近かったし、入ってきたことの影響力はすごくありましたね。繁忙期とかその年は休んでなかったけど、でも、やったなぁっていう感じはあった。

プライベートとかはどうだったの?

その年はライブに超行ってました(笑)。最初の年は本当にお金がなくて洋服とか買えなくて、とりあえずライブにだけお金をかけるっていう。なくなく貯金を崩しながら…。

わたしもよく玉井さんちにご飯を食べさせてもらいに行ってました(笑)。

わたしも大野さんちに食べさせてもらいに行ってました(笑)。

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ここ最近の1年間はどう?

んー、去年はプライベートで色々あってメンタルが破壊された時もあったんですが(笑)、まぁすごい悪くわけでもなく、ぼちぼちやれてる感じかな。数字としては。でも安定してる方だと思いますね。

メンタル的にへこんでも数字は落ちない、みたいな力がついたんだね。

まぁでも、なんだろね、ここ1年人が辞めたりとか、売買チームに行く人がいたりとか、その間に南郷さんが先にマネジャーになったのが結構わたしとしては悔しくて。

でも丸ちゃん、マネジャーになりたいわけではないって言ってたよね??

一番売り上げてた時は、マネジャーになれるって勝手に思っちゃって。
あの時は、会社から評価を受けれるだろうって思ったんですけど。

評価イコールマネジャーになるって思ってたってこと?

その時はそう思ってたかも。思ってたけど、繁忙期終わってからわたしが失速したうえに、南郷さんが先にマネジャーになって、そのあと南郷チームに入って。なんか、最初その南郷さんのサポートみたいな形でうまくやれると思ってたけど、全然うまくいかなくて…元々すごい仲良かったからこそモチベーションが2ミリくらいに。。

自分が思ってたのとは違って、本音では悔しかったんだろうね。

そう、こうなれるって思ってたのに、アレ?って。悔しかったんですね。多分わかってたけど、徐々に素がでてきたというか。

あれ、丸ちゃん卓球部のときって部長とかだったんだっけ?

卓球部のときは、わたし途中から入ってるので部長とかではなくて。でもね、大学の時はゼミ長とか、あと社会人基礎力育成講座ってやつがあって。大会とかもあるんですけど、それのリーダーをやって、一応賞をとって学部長賞をもらったり。

結構リーダー気質なんじゃない?

いやぁ、そんな気質じゃないと思うんですけど。。

リーダー気質というか、世話焼きというか。

世話をやくのは好きですね。

やっぱ、高校の時も人の世話をやくのが楽しかったとか?

そう、楽しかった!

マネジャーをやる人ってやっぱその気質があるよねぇ。あ、そろそろ移動するみたい。どこがいいかなぁ?

どこがいいだろ、、秋刀魚(目黒)とか?

わたしが辞めるって話しを丸ちゃんにしたところだね(笑)。
そうでしたね(笑)。懐かしい。

やっぱり帰りがラクだから恵比寿で!

〜 移動 〜

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乾杯〜!!

《 ここで新事実を告げられる。ちょうど取材後から丸山さんがマネジャーに! 》

おお!!おめでとうー!いやでもね、現マネジャーが辞めたり産休に入るってなったら、次は丸ちゃんしかいないって思ってたから!驚くというよりも嬉しいー!

えーほんとですかー!

丸ちゃんしかいないけど、丸ちゃんはマネジャーやりたくないって思ってたから、だから、しょうがなくなるんだったらかわいそうだなって思ってたんだけど、今日の話を聞いたら、よかったね〜!うわぁ〜!

うわぁ〜って!どういう気持ちなの(笑)

今までのマネジャー陣の中で最年少だからさぁ(笑)。やりたいって思ってから1年経ってそのチャンスがきたのって、どういう気持ち?

なんか、今回は、これだけ人が辞めて、正直やるしかないって気持ちが強いですかね。あと、仕事と割り切ってやってる部分もあるので、任されたからにはやるって感じですかね。嬉しさはあるけど、プレッシャーの方が大きいかな。。

新規事業の話も出てて、そっちもやるって話もあったんですけど、人が辞めちゃうタイミングもあって、そっちが保留になったっていうのもあって。

今まで積み重ねてきたことを直接活かせるのはマネジャーの方かもね!わぁ、なんか同い年だから、感慨深いわ〜。
年齢的にも28歳でこういうポジションって、なかなか任せてもらえなかったりするもんね。
マネジャーの制度ができた時にも話にあったけど、ステップアップの目標がそれまではなかったけど、マネジャー制度ができてからは、キャリアの“次”が見えるってのは客観的にみても良いなぁって思ってたから、そのまま丸ちゃんが着実にいってるのはすごい良いよね。

わたしも3年半やってきて、このままずっと異動もなくだったらどうしようかなって思ってたので。。

言ってたよね、確か。1回、やりきったっていうくらい数字を出した時期に、モチベーションの保ち方がわかんないって。

彷徨ってる方が長いんです…(笑)。

なんでだろうね、意外に満足しない性格なんだね!

なんかこう、喪失感がある方が頑張れるじゃないですか!

ドM気質(笑)。

あとそう、競う環境の方がめっちゃ頑張ります!前のブライダルの時も、同期が同じ大学で1番仲が良かった子だったんですね。で、それまでは普通の友達だったんですけど、仕事をする仲間になって。わたしがちょっと失敗すると嫌味を言ってきたりするのがめっちゃ悔しくて、それで火がついて。

仲悪くならなかったの?

仲は悪くはなってはないけど、悔しいから頑張って、アピールをして、プランナーになれたっていう。

じゃあその子がいたからプランナーになれたっていうのもあるのかもね。逆の見方をすると。

そうかもしれないですね〜。まぁだから、結果良かったなって。

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話し飛ぶけど、入社前って、R-STOREでどういう仕事すると思ってた?
わたしは前も不動産だったから、なんとなくの流れは想像ついたんだけど。あ、でも、ひとりでやることの孤独感は予想外だったな…。

ひとりでやるって??

オフィスに行かない限りは基本ひとりだし、前の会社の時は基本上司とペアで動いてたからなれなくて。完全ひとりで下手したら誰とも直接会わない日とかもあったり。

あぁ、全然ありますねぇ(笑)。

入社してすぐはみんなすごい仲良いなぁって驚いて。面接のときに、今日はみんなで富士急行ってるらしいんだよ〜って聞かされて。入社当時は10人くらいだったので、最初はなんだか逆に入りづらくて…。でも働いて思ったのは、ずっとひとりで動いてると、誰かと会った時の喜びがあるなぁって。だから仲が良いのかなぁって(笑)。チーム制になって、よりチームみんなでやっていこう、っていう気持ちも強くなったかも。

途中で同じチームだったんですよね!

岸田チームのときだよね。丸ちゃんと同じチームのときは、岸田さんがすごいチーム感を出してくれたり、丸ちゃんの“負けたくないみたい!”みたいな勢いがあって。わたしひとりだと、あんまりそういう競争心ってないんですが(笑)、チーム制だと、迷惑かけたくないって思ったし、みんなで達成するのが楽しいなっていうのがあったから、すごい精神的にもバランスが良かった気がしますね。

最初はひとりだと思ったけど、徐々にチーム制になってきたのが良かったてことですね。

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最初、チーム制はなぁ…って思ってたから結果論ではあるけど、1番岸田チームのときが成績がよくて。なんでかなぁって考えたときに、1番はチーム制のおかげかなぁって。みんなに引っ張ってもらったというか。LINEで、チームインセンまであと売上いくらだよー!っていうの共有しあったり。R-STOREの良いところは、すぐに結果を還元してくれるところですよね。転職を考えた時もあったけど、普通の働き方だと満足できないだろうなぁって思って。今自分でお店をやってるのも、R-STOREで働いてなかったら考えられなかったかなぁって思いますね。

モチベーションにもなりますよね。
入社した時は最初の給料が前職よりも安くて家賃も上がるってので、どうやって暮らしていくんだろう、って純粋な不安があったんですけど、ブライダルの時も失敗しながらもなんとかできるようになったし、不動産は未経験だったけどなんとかなるだろうっていう自信はあったんですよ。やれば絶対できるって。

成功体験だよね。それわかる!
でもわたしの場合、前職も不動産だったから慣れはあったけど、慣れがあったからこその難しさもあって。前は設計事務所でもあったから半年とか1年とかかけて、設計まで不動産の担当も一緒にやっていくっていうスタイルだったから、賃貸の、内覧して契約して、はい終わり!っていうスピード感がすごく寂しくて。

言ってましたよねぇ。

感情的なことでいうと、もう少し人と関わりたいというか。
大学の時にずっと居酒屋で働いてて、常連さんの最初の1杯やボトルを覚えてすぐに出したり、前回きた時に頼んだものを覚えて、今日はこれが入ってきてますよ、とか。そういう何気ない会話が楽しくて。それが楽しかったなぁって。そこが何もできないのがなぁ…という思いがありましたね。

お客さんで20年間で4回引越した人で、全部同じ業者で引っ越したって人がいて。それが最高だなぁって思いますよね!

そう!そういう繋がりもできるんだけど、スパンが長いんだよねぇ。。管理会社さんとかだと、長い視点で関わりができるのはあるんですが。
2年目くらいのときに、会社にお客さんから電話がかかってきて。前に大野さん(当時は山本さん)に、仲介してもらったって方で。辞めちゃったのは残念がってたんだけど、R-STOREさんにお願いしたいって言われて、あぁ、すごい素敵だなぁって。ただなにせスパンが…(笑)。

不動産屋だとなかなかねぇ。。

そう、今お店をやっていて、買ってくれた方がわざわざ使ってるところを写真に撮ってきてくれて見せに来てくれたり、リピートして買いにきてくれたりして、あぁやっぱり楽しいなぁって。こういう感覚を得たかったんだなぁって思いましたね。
丸ちゃんって、R-STOREで働いてて嫌だった事って何?辛かったベスト3とか(笑)。

んー、今真っ先に出てくるのは、とにかく荷物が重い…。三脚とカメラにパソコンに、その他書類諸々を持って、一日5キロ以上歩くっていうのが、わたし本当体力がないから、それが超辛い…(笑)。最初一眼レフカメラを支給されたけど重すぎて、勝手にGX(RICOH)に変えて。
※2018年現在カメラと三脚を廃止し、iPhoneで取材を行うスタイルとなりました。

荷物問題ねぇ。夏とかしんどいよね。

冬は冬で、コートとか着てるから重いし動きづらいし。。

あとは他に何かある??

あとは、んー、好きな時に休みはとれる、けれども、休んでるけども休んでないというか…(笑)。土日も休みとれるけども、例えばライブで出かけて名古屋まで行ったんだけど、ライブが始まるまでは、月末で仕事がたまってるから漫喫で仕事をやってるとか…とりあえず、電波が繋がる状態であれば基本的には仕事をしてるから、慣れてはくるけど、とはいえ気が休まらないなぁと。

わかる!入社半年くらいのとき、常に携帯が鳴ったりとか、とはいえ切れない自分が嫌で、山に登った時があって(笑)。

あはは、電波届かないね(笑)。

けど、山に登るって決めたあとに、その日に大事な連絡がくることになって。ずっと携帯持って電波探しながら下山しましたたね(笑)。でも、やっぱりその時に連絡をとった方が後々良いかなって。浅井さんがよく言ってたけど、休みの日でもパパッとメールを返した方が、休み中の気持ち的にも良いというか。そういうのが山に登った結果わかりましたね(笑)。

まあでも、わたし予定がない時には基本仕事してるんですけど、土日にどうしても行きたいイベントがある時には、金曜日までには死ぬほど頑張って終わらせるというか。そこさえコントロール出来ればってところは。

それは1番楽しかったかもしれない!R-STOREの前は完全に土日は仕事だったし、場所も問わずって考えると、今自分でお店をやってるよりも自由度は高かったかもしれません。お店だと外に出れないので。。その働き方は本当によかったなぁ。まぁ、携帯が休みの日でも鳴るとかの代償だよね(笑)。

自由との引き換えですよね。月曜日以外は出社義務はないかわりに、責任と義務は果たさなきゃいけないし、営業マンは結局数字でしか見られないし。

私が行ってた高校がちょっと変わった高校で。校則なし、制服なし、大学みたいな感じで進路に合わせて時間割を自分で組んで。たとえば数Ⅰとかでも、進学したい人と、そうじゃない人とで2つクラスがあって。じゃあどっちをとるかってのも自分で選択しないといけないし、校則も一応あるけど、法律に違反しなければ良し、っていう。結構いろんな年齢の人もいて。

夜間だったの??

そこも結構変わってて。単位制なうえに定時制で、普通だと夜間だけだったりするけど、時間帯も朝昼夜って3部に分かれてて。で、自分の時間帯を50%とれば、あとはどこでも授業をとっていいっていう制度で。わたしは朝がメインでした。
誰から言われるわけでもなく、自分で考えて決めなくちゃいけない。自由って大変だなって、その3年間で思ったのに、またひたすら自由なところに行ってる気がします(笑)。

自由向いてないんじゃない…(笑)?

そうかもしれない…(笑)けどまぁ、結局、自由には自己責任ってのがつきまとってくるよね。
今後の話しだけど、丸ちゃんのチームはどんなチームしたい?

R-STOREに入って1番よかったなって思うのは、仕事に対するモチベーションが高いってことで、1人ひとり責任もってすごい楽しく仕事をしてるっていうのがめっちゃ良いなって思って。ただ、人数が増えてからなのか若干責任感が低下してる気がして…規模っていったら結論は簡単なんだけど、採用のところにもあるのかなって。
これからチームで頑張っていくけど、わたし自身が求める人材としては、ちゃんと自己管理を全うして、責任をもって1つひとつのことをやってくれる人と、基本的には明るい人。ハキハキして、感じの良いチームにしたいですね。
(インタビュー日:2017年8月2日)

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